背景・課題
顧客価値を追及するため、経験のなかったスクラム開発に乗り出す
現在、東京海上グループはDX推進に取り組んでいます。これは、変化が激しく先行きが見通しにくい時代のなかでも、企業としての競争力を強化していく必要があるからです。DXを進めることで、新たなビジネスモデルやサービスを創出するとともに、急速に変化する市場環境やお客様のニーズに迅速に対応していくことを目指しています。そこで注目したのが、アジャイル開発の手法の一つであるスクラム開発です。従来のウォーターフォール型の開発よりも、素早いリリースが可能になるだけでなく、ニーズが定まりきっていないサービスに対しても柔軟に対応することができます。
2019年ごろからスクラム開発に乗り出したものの、当時スクラム開発の経験者は社内におらず、もちろんスクラムマスターの役割を担える人もいませんでした。まずはオーナーからの要件に対して、弊社がPO(プロダクトオーナー)の役割を担って、要望をPBI(プロダクトバックログアイテム)のかたちに書き換えたり、スプリントの期間を変更するなど試行錯誤しましたが、思うような成果は得られませんでした。そこで、スクラム開発を軌道に乗せようと、外部のコンサルティングを受けることを決めました。
コンサルティングにより、開発側である東京海上日動システムズ株式会社だけでなく、現在POとなっている東京海上日動火災保険株式会社にもスクラム開発を進めるためのマインドが醸成されていきました。このような導入期といえる期間を1年ほど経て、2020年からは、ウォーターフォール型の開発とスクラム開発が並走する案件のほか、いくつかのスクラム開発のプロジェクトを経験。2021年の後半より徐々に自走できるようになっていきました。
システムについて
乗り物の手配から決済までをシームレスに行うMaaSアプリ「NAMO」
そのなかで、東京海上日動火災保険株式会社と弊社が連携し、新たなビジネスの創出に向けてスクラム開発で仮説検証を行う、イノベーション枠が新設されました。このイノベーション枠として、開発に乗り出したのがMaaSアプリ「NAMO(ネイモ)」です。
NAMOは、ルート検索や乗り換え案内に加えて、自転車のシェアリングサービスやタクシー配車アプリと連携し、乗り物の手配から決済までをシームレスに行えるアプリです。また自動車保険とも連携し、契約者が事故などで車が使えなくなった場合、代替交通費をアプリから請求できるという保険会社ならではのサービスもあります。図1
NAMO開発以前のスクラム開発案件は、50名ほどの規模で内製開発を行っていました。しかし案件の増加やNAMOは弊社では経験のないAWSを活用したネイティブアプリを前提とした開発のため、社員だけでの対応が難しくなりました。そこで、パートナーとして参画いただいたのが、ネイティブアプリの開発経験かつ、AWSを利用したスクラム開発の知見があるSky株式会社です。プロダクトデザインや全体設計、実装などのサポートで、当初の想定どおりの構成で実装を実現できました。図2
図1
ルート検索や乗り物の手配などが行えるMaaSアプリ「NAMO」
スマート乗換え案内アプリ「NAMO」公式Webサイト
https://www.namo-app.jp/
図2
NAMOのアーキテクチャ図
効果1
必要に応じて開発のリソースを柔軟に変更
NAMOはSky株式会社と弊社のメンバーで混合チームを組み、密にコミュニケーションを取りながら開発に取り組んでいます。Sky株式会社から、開発者をはじめ、アーキテクト、デザイナー、さらに開発初期にはスクラムマスターも参画し、総合的に支援していただいています。図3
Sky株式会社のメンバーがすべてのフェーズに関わっており、必要に応じて柔軟にリソースを変更しています。開発担当者がアーキテクチャの調査に入ることもあれば、その逆もしかり。開発過程のその時々のミッションによって、必要なリソースは変わってくるため、担当者同士で融通を利かせ協力しています。
また、弊社のスクラム開発では、プロダクトデザインというフェーズを設け、ペルソナを立ててカスタマージャーニーをつくり、それをPBIの作成に活かしています。Sky株式会社のメンバーには、開発だけでなく、プロダクトの方向性についての提案もいただき、POである東京海上日動火災保険株式会社と弊社が一体となり開発を進めています。図4
また、Sky株式会社は幅広い開発経験を有する企業です。NAMO開発で技術的な課題が発生した際には、Sky株式会社が社内に持ち帰り、知見を有する別部署とコミュニケーションを取って弊社に情報を共有。課題の解決につながったシチュエーションが何度もありました。おかげで、弊社も技術的な知見を広げることができています。
図3
東京海上日動システムズ株式会社とSky株式会社でつくるNAMO開発のチーム構成
図4
スクラム開発の工程
効果2
人員増やスクラムイベントの省略で、想定のMVPを達成
NAMOはPoC(概念検証)から始め、早期にプロトタイプをローンチし、エンドユーザーからのフィードバックを得ました。その後、フィードバックをもとに、1年半ほどかけて必要最低限の機能を備えたMVP(Minimum Viable Product)を実装しました。
しかし、開発を進めるなかで、経験したことのない事態も発生しました。本格開発の後半に、想定していたMVPの達成が難しくなる状況に陥ってしまったのです。その際、PO主体でPBIのトレードを行い、それでも立ち行かない部分については、Sky株式会社からスプリントの中で行うイベントの効率化や要求に対する実装方法を工夫することで、PBIの消化できるポイントを増やすことができるのではないかという提案をいただきました。
このような提案もあって、無事に想定していたMVPを実装。機能的に連携している交通事業者や代理店などのステークホルダーに限定公開して得たフィードバックを、次の開発に活かすというサイクルを回すことができました。
スクラム開発のイベントを柔軟に調整するということは、各イベントでの影響度をきちんと理解しているからこそできることです。このような経験したことのない状況を共に乗り越えられたことで、弊社としてスクラム開発のノウハウを蓄積することができたと感じています。
効果3
異なる案件のメンバーと連携し、品質の底上げに貢献
現在弊社では、30以上のプロダクトでスクラム開発に取り組んでいます。先ほどもお伝えしたとおり、スクラム開発の案件はもともと50名ほどの規模で行っていましたが、案件拡大に伴い、現在はパートナー企業の方を含めて約400名が開発に携わるようになっています。規模が拡大しても、高い品質を保っていくためには、開発のなかで得た品質に関するノウハウをほかのチームに横展開していくことが必要です。
そのため、横串を通す組織づくりに取り組んでおり、システムテストの担当者やスクラムマスターなど、役割ごとに集まって情報共有する場をつくっています。もちろん、その場にもSky株式会社のメンバーが参加しています。
また現在Sky株式会社から、9つの案件に約30名が参画しています。情報共有の場に参加することに加えて、弊社の案件に携わるメンバー同士でもコミュニケーションを取り、品質の底上げに貢献いただいていると感じています。
展望
東京海上グループ全体にスクラム開発のマインドを広げる
今後、ユーザーからのフィードバックを得ながらプロダクトを育て、我々が生み出したプロダクトのファンをさらに増やしていきたいと思っています。そのためには、お客様からの要望を素早く取り入れてリリースできるよう、フィードバックループをさらに強化していく必要があり、システムのテスト自動化の検証などに取り組んでいます。
スクラム開発では、お客様からのフィードバックを反映するため、必然的にPDCAのサイクルが早くなります。振り返りの実施や改善などによって、開発側とPOのコミュニケーションが活発になり、関係性も強固になりました。これにより、従来のウォーターフォール型の開発に比べ、開発側もPOと一緒に「プロダクトデザインを考えよう」「ビジネスを考えていこう」という意識が強くなってきています。POとコミュニケーションを取りながら、今後の方向性を確認する「向き直り」を行うことができているのです。
また、スクラム開発では、2週間のスプリントの最終日にレトロスペクティブを行い、次の開発に活かしています。向き直りに加えて、こうした振り返りを行うことが、よりスムーズにお客様のニーズに応えられるプロダクトの開発につながっていくと考えています。
弊社は、スクラム開発に注力していますが、もちろん、従来どおりのウォーターフォール型の開発で行うプロジェクトも数多くあります。今後、こうしたPOとの密なコミュニケーションや振り返り、向き直りといったスクラム開発の “マインド”をウォーターフォール開発に取り組むチームにも広げ、東京海上グループのシステム開発をより良いものにしていきたいと考えています。