1. はじめに
いまなお多くの企業で利用されている SVN は、バージョン管理システム(VCS)の黎明期から多くのプロジェクトを支えてきました。
SVN はシンプルな中央集権型モデルにより、高い信頼性を誇る一方で、現在のように分散開発や高頻度な継続的リリースが標準化する中では、 設計上の前提が異なることに起因して、運用に工夫や補完が必要になる場面が増えつつあります。
本記事では、SVN を運用している方や Git/GitLab への移行を検討されている方へ向けて、SVN 運用の課題を整理し、Git/GitLab で得られたメリットやナレッジを共有することを目的とします。
SVN から Git/GitLab への移行は、単なるバージョン管理ツールの「乗り換え」ではありません。
Git の高速な操作性と柔軟なブランチ操作、強力なマージ機能に加え、GitLab の Merge Request(MR)によるレビュー、Issueによる課題管理、CI/CD による自動化を組み合わせることで、開発スピードと品質を両立させた開発プロセスが実現可能となります。
今回は、遅ればせながらおよそ100人が関わる開発プロジェクトにおいて SVN から Git/GitLab への移行を実施し、開発効率と品質の向上を図りました。
本記事ではその取り組み内容をご紹介します。
また、今後数回に分けて各テーマについて深掘りし、ご紹介させていただきます。
2. 今回Gitを導入することで期待した改善効果
SVN 運用におけるいくつかの課題は、Git へ移行することで大幅に軽減できることが分かりました。
ここでは、移行前に顕在化していた主要な課題とGitへ移行することによる改善効果について整理します。
2.1. 大容量リポジトリのチェックアウトと作業効率への影響
大容量リポジトリの場合、チェックアウトに数十分かかり、ブランチの切り替えも変更内容が多い場合は数分以上かかっていました。
ローカル差分取得や履歴間差分を取得するたびに数秒~数分の待ち時間が発生し、作業効率の低下を招いていました。
GitのPackfile最適化によるcloneの高速性
Git では Packfile 最適化という仕組みにより通信量を最小化するため数分で clone が可能です。 更新や差分の取得もローカルにリポジトリを持つため十分に高速であり開発者を待たせることはありません。
※リポジトリをローカル環境に取得する操作をSVNではチェックアウト、Gitではcloneと呼びます。
2.2. ブランチ運用コストの高さと競合リスク
SVN ではブランチ作成やマージ操作が比較的重く、ブランチを避けて trunk への直接コミットを選択しがちです。
機能追加や修正が trunk に集中しリリース直前に競合が発生し、競合解決を誤りビルドエラーや先祖返りが起きるリスクがありました。
Gitの軽量なブランチの利点
Git のブランチは軽量なため作成・削除を即座にできます。 また、分散型バージョン管理システムであることから開発者は独立したローカルリポジトリで自由にコミットやブランチ操作をすることができます。 それらを活用したこまめな Merge Request ベースの運用により、競合を小さく・頻度高く解消でき、結果として競合リスクを大幅に軽減します。
2.3. コードレビューと承認プロセスにおける運用上の課題
SVN 運用では、パッチファイルの共有や対面でのレビューが中心であり、レビュー依頼・指摘履歴の管理には一定の工夫が求められていました。
具体的には対面レビューの時間調整やその指摘や対応内容/状況をExcel等で適切に管理する必要がありました。
また、指摘と修正の履歴を体系的に管理する仕組みが無いため、「誰が」「いつ」「どのような指摘を」行い、「誰が」「いつ」「どこを」修正したかの一連の履歴が分散・断片化していました。
GitLabのMerge Requestによるレビューの一元管理
GitLab の Merge Request 機能を使えば、レビュー依頼~マージまでを GitLab 上で一元管理でき、 課題管理システムであるGitLab Issue との連携やMerge Requestのレビュー指摘や対応履歴が自動的に残るため、レビューの可視化・追跡性が格段に向上します。 行単位の変更履歴から紐づく Merge Request を参照することもできるため実装の背景や経緯を後から確認することが容易です。
2.4. 品質ゲート(CI)構築のハードルと限界
SVN 環境でtrunkへのコミット前にビルド・テスト・静的解析を自動実行し不合格なら、trunkへのコミットを抑止するといった品質ゲートを構築するには Jenkins や複数ツールの連携が必須となり、設定・運用コストや運用ミスのリスクも増大します。
ヒューマンエラーを trunk へのコミット前に検知することが難しく、 コミット後にエラーや問題が検知され再コミットやデプロイ準備の手戻り等の関係者間の調整コストが増大するリスクがありました。
GitLab CI/CDのパイプライン定義とその利点
GitLab CI/CD では、パイプライン定義(.gitlab-ci.yml)をリポジトリと一体管理することで、 ビルド・テスト・静的解析を Merge Request 単位で自動実行し、その合否をマージ条件に組み込むことが可能です。 Web UI 上で失敗箇所を即座に確認でき、パイプラインがグリーンになるまでマージをブロックできるため、 ヒューマンエラーを仕組み的に排除しつつ、安定した品質ゲートをより少ないコストで実現できます。 これにより、リリース品質の底上げだけでなく、チームの心理的安全性も向上しより安心して開発を進められる環境が整います。
2.5. 大容量バイナリファイルの管理問題
SVN にバイナリファイルをコミットするとリポジトリが肥大化していきます。
それにより操作性やチェックアウトの時間に悪影響が出ていました。
Git Large File Storage (LFS)について
GitにはGit Large File Storage(LFS)という大容量ファイル管理の拡張機能があり、 これにより大容量のバイナリ等はポインタ管理されリポジトリの肥大化を防げます。
2.6. 移行前後の比較表
以下に、SVN 運用時と Git 移行後の主要な改善ポイントを一覧で示します。
項目 | 移行前 (SVN) | 移行後 (Git/GitLab) |
---|---|---|
チェックアウト時間 | 数十分 | 数分以内 |
ブランチ切替・作成 | 数分 | 即時 |
ローカル差分・履歴差分取得 | 数秒~数分 | 即時 |
マージ競合リスク | 高 (リリース直前に集中する傾向) | 低 (細かな単位・高頻度で早期解消) |
コードレビュー | 効率低 (パッチファイル受渡し/対面、履歴分散・断片化) | 効率高 (MR で一元管理、履歴自動化) |
レビュー依頼のハードル | 作業・心理負担大 (レビュー依頼・パッチファイル作成・時間の調整・レビュー管理表作成等) | 作業・心理負担小 (MR で依頼が容易で迅速) |
レビュー管理工数 | 大 | 小 |
品質ゲート | 手動運用、構築・維持困難 | CI/CD で自動化・標準化、品質安定 |
ヒューマンエラー検知 | コスト大 (コミット後検知、手戻り・再調整コスト) | コスト小 (MR 単位でマージ前にブロック) |
運用・保守体制 | 調査負荷大、属人対応 | GitLab 上で可視化・トレーサビリティ向上、CI/CD にて自動化 |
3. 移行計画と実行
3.1 移行の目標定義
開発スピードと品質を同時に向上させること、そして移行後に混乱やリリースミスを発生させないことを主要な目標に設定しました。
3.2 移行タイミングの決定
機能開発のきりのよいタイミングでGit/GitLabへ移行することで機能開発への影響を低減しました。
移行タイミングでSVNは凍結し、全面的にGit/GitLab運用を開始しました。
移行の検討/準備期間は機能開発と並行して作業する必要もあったため3~4ヶ月確保し準備を進めました。
3.3 移行方式とツールの選定/検証
移行ツールとして git-svn を選択し、事前に手順検証と移行品質確認を行いました。
git-svn を使用することで svn のコミット履歴等も含めて Git へ移行することが可能です。
規模の大きいリポジトリの場合履歴の変換に時間がかかることが予想されます。
今回は trunk のみの移行で変換に 8 時間以上かかりました。
また、移行前後の全ファイルのハッシュ値を計算して突合するスクリプトを作成し、移行データの完全性を担保しました。
トラブル:空フォルダの対応漏れによるビルド失敗
- 内容・原因
Git は空フォルダを管理しないため、移行後に空フォルダが存在しないことが判明しました。 事前検証ではファイルハッシュや履歴に注目し、空フォルダの扱いを見落としていました。
空フォルダが存在すること前提としてビルドスクリプトが実装されていたため、ビルドが失敗する状態となりました。 - 対策
移行前後のリポジトリのフォルダ全量を突合し空フォルダを洗い出しました。 必要な空フォルダの場合*.gitkeep*{.c}ファイルを配置し明示的にバージョン管理するよう対応しました。 バックエンドのプロジェクトでは空フォルダの数は 300 以上にも上り調査と対応に 2 日以上かかりました。
3.4 バイナリファイル管理の見直し(LFS 導入検討)
Git は巨大なバイナリをコミットするとリポジトリが肥大化してしまうため、バイナリファイルは Git Large File Storage(LFS) による管理に移行しました。
SVN から Git への変換の際にバイナリデータの履歴も含まれるため、変換直後のリポジトリ容量が肥大化していました。
そのためバイナリデータの履歴は 「git filter-repo」というツールで削除しました。
これによりリポジトリサイズを 12GB から 4GB へと大幅圧縮し操作速度を改善しました。
3.5 ブランチ戦略の設計
運用では、git-flow をベースとしたブランチ戦略を採用しました。
リリースブランチ構成や運用ルールや具体例をドキュメントとして明文化することで、チーム内の認識統一を図りました。
3.6 品質ゲートの構築
GitLab の CI/CD 機能を活用して品質ゲートを構築しました。
既存の各種静的解析の仕組みやソースコード中の特定キーワードのチェック等を再設計し Merge Request 作成時に自動実行することで、develop ブランチの健全性を常時担保しました。
これにより、コード品質の安定化と開発者への迅速なフィードバックを実現しました。
GitLab の CI/CD(Continuous Integration/Continuous Deployment)機能とは、 ソースコードの変更に応じてビルド・テスト・デプロイなどの工程を自動化できる仕組みを指します。 GitLab には CI/CD 機能が標準搭載されており、GitLab のリポジトリと連携して、コード変更検知~ビルド・テスト~結果通知までを一気通貫で自動化できます。
※CI は開発者が日々の小さなコード変更を頻繁に共有リポジトリに統合し、統合のたびに自動で静的解析・テスト・ビルドを実施して不具合やエラーを早期に検出・修正することを指します。
※CD はテストに合格した変更を本番環境またはステージング環境に自動反映することで、リリースサイクルを高速かつ安定的に回すことを可能にします。
3.7 運用ルールの策定
Merge Requestによるコードレビューとその承認/マージルール、各種命名規則、Issue・タグ運用方針を整備しました。
これにより、Git 運用の標準化と、チーム間の認識齟齬リスク低減を実現しました。
3.8 全体説明会の実施と資料展開
Git/GitLab 移行にあたっては、従来の運用方法とは大きく異なる概念や操作体系を習得する必要があり、一般に学習コストの高さが懸念として上げられます。
特に、分散型リポジトリの概念やブランチ戦略の理解、Git/GitLab の基本操作等を開発メンバー全員に使いこなしていただくことが、移行の重要なポイントであると認識していました。
したがって、環境構築手順、操作マニュアル、トレーニング資料については、できるかぎり業務を想定し丁寧かつ網羅的な内容となるよう整備しました。
また、不明点やエラー等の問い合わせがあった場合は迅速に資料に反映しました。
Git の概念や従来との変更点を資料としてまとめ、開発メンバー全員への全体説明会を実施したことで移行初期の混乱を最小化できたと考えています。
各種資料は GitLab Pages というGitLabのリポジトリから静的Webサイトを直接公開できる仕組みを活用しました。 修正が迅速に GitLab Pages 上へ自動デプロイされる CI/CD 環境を整備したことでドキュメントの迅速な修正と公開が可能となりました。
※マークダウンファイルから静的サイトを生成できる「Vite Press」というフレームワークを使用しました。
3.9 移行後の運用・保守体制設計
移行中~移行完了後も移行担当メンバーが問い合わせ対応を行いドキュメントに迅速に反映しました。
これにより、運用の安定化と継続的なプロセス改善に努めました。
問い合わせについては、GitLab Issue を通じて起票いただく運用とすることで、 類似問い合わせの発生防止と、対応履歴の可視化による情報・ナレッジ共有を図りました。
4. おわりに
SVN から Git/GitLab への移行は単なるツール変更ではなく、開発プロセス全体を最適化するための起点となりました。
今後この基盤の上に CI/CD 等を拡充し開発体験(※)の継続的な向上を目指してまいります。
※開発体験(Developer Experience, DX)とは、開発者がソフトウェア設計・実装・運用の過程で感じる 「使いやすさ・快適さ・満足度」を指します。効率的な開発環境・プロセス設計により、最終的な製品品質にも直結する重要な概念とされています。